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2匹のラブラドール(うぶ・♀、純・♂)とまったり生活しています。

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サマ その2(お別れ編)

2011.01.22 21:21|お友達

こんばんわ。


前回、Mさんの犬「サマ」との思い出について書きましたが、
今回はそんなサマとのお別れのときのこと、
そのあと思うことを、「お別れ編」と題して語りたいと思います。


☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★



しこりを取る手術と一緒に、避妊手術も済ませたサマは、
その後は大きな病気をすることもなく、元気に、
でも、少しずつ確実に、歳を取っていった。

股関節が悪かったサマは、
運動が過ぎると足を痛がるので制限をかけていたのだけれど、
その感覚が短くなっていき、

外から帰り家の中にいるときは、いつも目をキラキラさせながら人のそばにいたのが、
少し離れたところで、くったり眠っているようになったり。


それでも、
もう足がカクカクしているのに、「もっと投げて~」と、熱い視線で見上げ、
「ちょっとだけだよー」と、すぐそばにポトリと落としたボールを
全力で(そんなに熱くならなくても…)取りに行ったし、

おやつを見れば喜び、ご飯もモリモリ食べ、
毛艶なんて、ここ数年で一番きれいなくらいだった。

そして相変わらず、私に会うと熱烈に歓迎してくれた。


私たちはそんなサマを見て、
犬が歳を取るということはこーゆーことなんだなぁ…と、
しみじみ感じるようになった。


blog_110122sama1.jpg



そうして月日は流れ、2008年7月。
サマはこの月の中旬に警察犬の試験を受けた。
このときの獣医師による検査はOK、試験の方の調子も良かったそうで、
体調も変わらない様子。


次は、すずと純の服従訓練の競技会が後半にあり、
純はMさんとの出場に備え、預けていた。

週末に純と面会するためMさん宅に行っていたのだが、
競技会直前に会いに行った時、心なしかサマは疲れているようだった。

「警察犬の試験もあったし、競技会も控えてバタバタしてるから、サマも疲れてるのかな…」
Mさんもそれを感じていた。


季節は夏。北海道といえどなかなか暑く、
車に乗せられて移動し、ドア全開にしているものの車内での待機がある生活は、
11歳には厳しいのかもしれない。
とりあえず競技会が終わったら、一度血液検査でもしてもらおう、と言っていた。


そこで、
すず、純の訓練や、出場するお客さんの指導でこの週末は忙しそうだったので、
競技会の会場が私の家から近いこともあり、私がその間、連れて帰ることにした。


そうして2日ほど我が家で過ごし、
7/21、競技会が終了し、Mさんとサマは帰って行った。


その日の夜、私は帰ってからのサマの様子を聞くため電話した。
Mさんは「いや~、変わりないよ」と、この日は何事もなく終わり、
私も「疲れてたんだなー」と思い、一安心だった。


翌日の夕方、Mさんから電話がきた。
「サマ、何かすごくおいしいものとか食べた?」
と聞かれ、ビスケットをあげたぐらいで何のおもてなしもしていなかった私は、
「いや、おやつを少々食べたくらいで、お構いもしないで~」
というような感じだったのだが、
「サマ、ご飯食べないんだよね」とのこと。


どうやらサマは、Mさんが実家に連れて帰り、
ご両親が色んなおいしいものをふるまってくれる生活を何日かしたあと、
「こんな物は食えるかー」と、わがままを言って、
普通のフードを食べなくなったことがあったそう。


で、特に贅沢をしたわけでもないことを知り、最近の疲れ具合も気になっていたので、
彼女はサマを、病院に連れて行った。


そして、夜。再び電話が鳴る。


「サマ、脾臓に腫瘍ができてる…」と、もう泣き崩れている状態のMさん。


詳しく話を聞くと、獣医さんがグーッとお腹を押してみたところ、
脾臓あたりの腫瘍を発見、貧血を起こしていたのだそう。
あの気になる疲れた様子は、貧血からくるものだったのだ。

でも、血液検査では貧血以外の数値に異常はないとのことで、
私は、「だったらまだ、大したことないんじゃない?早く見つけられたのかもしれない」
と言った。

Mさんも話しているうちに落ち着いたのか、
「そうだねー、良かったのかも。明日手術するわ」と泣きやんでいた。
あすの朝、病院に連れて行き、手術を受けることになった。



私は、当時勤めていた会社が閉鎖寸前で、もう仕事がほとんどなく有休もあったので、
連れていく時からの付き添いを申し出たが、
大丈夫だというので、とりあえず会社帰りに様子を見に行くということになった。


そして翌日、7/23。
病院から帰ってた後ご飯も食べ、
朝はおもちゃを持ってMさんにアピールするほど元気になったサマ。


そのときのMさんからの電話では、彼女は明るく、
病院に行くまで、車の中でゴキゲンだったサマの様子を話していた。

夕方に電話が来たら迎えに行くことになっているそうなので、
私はやっぱり会社を休むことにした。

術後は大変だろうし、ほかの2匹もいる。
マユやすずの面倒やその他もろもろを手伝おうと思い、
昼ごろにはそっちに行く、と連絡し、Mさんの家に向かったのだった。


ところが、

お昼めがけて移動中、あと20分ほどでMさんの家に着く当たりで、電話が鳴った。
電話を取ると、Mさん「今、どの辺まで来てる?」。

その涙声を聞いて、頭が真っ白になった。

「あと、20分くらいだけど…。何?どうしたのっっ?!」私もすでに泣きそうだった。
そしてMさんが私に言った。


「サマを一緒に看取ってあげて…」


病院に着くまでの間、私はどこをどうやって走ったか分からなかった。


だた、色んな事を考えていた。

正直、昨日「大したことないよ」と言いながらも、
心のどこかで、最悪の場合「もうそんなに長く生きられない」というような、
余命宣告をされるかも知れない、と思っていた。

私が今日、Mさんのところに向かったのも、
もしもそんな宣告をされるとしたら、1人で聞くのは辛いだろうと思ったからだった。


でもまさか、こんな事態になるなんて、全く予想できなかった。


何で?血液検査ではそんなに悪くないのに?
手術中に容体が急変したのだろうか?
私が昨日想像した「最悪の事態」より、さらに信じられない現状。

もう、訳も分からず、泣きながら病院に到着。


そしてそこにあったのは、その「さらに信じられない現状」よりも、
もっと辛い現実だった。




お腹を開いてみると、想像をはるかに超えて悪く、
かなりの出血が始まっていて、腫瘍がほかの臓器に癒着している状態で、
取りきれないほど大きくなり、血管は爆発寸前とのこと。


彼女が突きつけられた現実、それはサマを眠らせる「決断」だった。


先生いわく、今のサマはまだ出血が始まって、「なんだか目まいがする」とか、
「ちょっと気持ちが悪い」といった程度だけれど、
いよいよ血管が爆発してしまうと、激しい痛みや呼吸困難でとても苦しい状態になり、
そうなるまでの期間は、おそらく数日~1週間くらいといったところで、
お腹を開かずにいても、数日中には倒れ、容体が急変していただろうというのだ。

もしかしたら、奇跡的に進行が遅くなり、
もうしばらくこの腫瘍は大人しくしているかもしれないが、
それでも1カ月生きられる可能性は極めて低く、
麻酔から覚めた途端、手術の傷の痛みも癒えないうちに、
この症状が起こる可能性の方がはるかに高い。


ここで目を覚ましても、苦しい思いをするだけなら、このまま眠らせてあげることも…


そしてMさんは、決断した。


お腹を縫い終わり、先生が機械のダイヤルを回して麻酔を強くした。
「このまま少しずつ、心拍数が低くなって、0になります…」


私たちは、泣きながらサマに声をかけて、体を撫でながら、
下がっていく機械の数値を見つめていた。


そして、とうとう0になり、脈拍を表す線が直線になって、先生が言った。
「亡くなりました…」


7/23、サマは11歳と3カ月で虹の橋を渡った。
突然の、お別れだった。


そのあと、訓練所にサマを連れて行ったり、翌日の火葬の手続きをしたりして、
夜、Mさんの専門学校時代のお友達が来たところで、私は家に戻った。


帰り車を運転している間中、私は泣いていた。
サマが亡くなってしまったことが悲しかったのは言うまでもないけれど、
お別れをする「決断」をしなければならなかったMさんの気持ちを考えると、
あまりにかわいそうで、涙が止まらなかった。


その翌日、サマは小さな箱に入って帰ってきた。
そして数日後、警察犬の合格通知が届いたのだった。


Mさんはサマを病院に置いてきたあと、闘病することになるかもしれないと
新しいクッションを買っていた。

もう生きて帰ってこないなんて、当たり前だけど、思っていなかった。
心の準備も、何もなかった。


結局はどんなに歳をとろうとも、闘病していようとも、
誰でも心の準備なんて、できないのかもしれないし、
そういう意味では、別れは突然のできごとだ。


我が家も2004年に、いちばん最初に飼ったシーズーのぺぺが亡くなった。
心臓に持病があり、その前の年には「この心臓では、あと1~2年くらいかもしれない」
と言われてはいたが、昏睡状態が何日も続いたわけでなく、
調子がちょっと悪いなーと思い、点滴などの処置をしてもらうため病院に置いてきて、
家に戻る前に、「もう意識がありません」と電話がきた。

Uターンするように病院に戻り、そこで看取ったのだった。
もう、何をしても、ぺぺの心臓が止まったのだ。



でもサマは、
麻酔を切れば、目を覚まさせることもできた。


もう一度でいいから、動くサマが見たい。
もう一度でいいから、名前を呼んで、こっちを見てほしい。

かなわないことではないのに、彼女は決断しなければならなかった。


たとえカウントダウンが始まっていたとしても、
まだ最終段階に入っているわけではない。


自分自身で、サマの最期を決めなければならなかったのだ。


☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★



私は、今でも考える。

自分だったらどうするだろうと、ウブや純を撫でながら、
酔っ払っているわけでもないのに、泣きながら考える。
はたから見たら、いびきをかき、奇妙にひっくり返ってものすごい顔で眠っている犬を、
泣きながら撫でている私は、さぞかし不気味で怖いだろう。

それでもやっぱり、結論は出ない。


「苦しませたくない」と思うのも、
「苦しんでも心臓が止まるそのときまで生きてほしい」と思うのも、
また、「どうしても決断ができなかった」と思うのも、
どれも愛情であって、正解・不正解の問題ではない。

きっと、私もこの3つすべてを思うだろう。


ただ、一つ分かったこと。


「幸せな犬の飼い主の決断が、その犬にとっての最良の選択だ」と、
ある獣医さんが言っていた。


サマは、繊細で神経質なことろもあったけど、まじめで純真な犬だった。
Mさんもそんなサマの性格を誰よりも理解して、本当にかわいがっていたし、
ちょっと気難しいところが、むしろ好きなところだというくらい
サマという犬が大好きだった。

そんなMさんに飼われていたサマは、本当に幸せだったと思う。


結局飼い主は、どんな最期でも
「もっとこうすれば良かった」とか色々考えてしまうだろうし、
人間側の気持ちは、もうどうすることもできない。


だからせめて、ウブや純には、
「あー、ここん家の犬で良かったなー」と思ってもらえるように、

どうすれば確実にそう思ってもらえるかのマニュアルはないし、
犬が「オレ、こんな生活もうやだー」と言ってくれるわけではないので、
表情やしっぽを見て、とりあえず楽しく頑張るしかないということだった。


blog_110122sama2.jpg
2008年7月21日のサマ。



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コメント

読んでいると‥

涙が溢れてきます‥

いつかはそんな別れの日が来るのは分かっているからこそ
老いてくると尚更に、まだその日が来る筈もないと思いたいのです。

『幸せな犬の飼い主の決断が その犬にとって最良の選択だ』 の
言葉が心に沁みます。

昨年の7月2日の事でした。 ワン友のゴールデンが7歳直前に
リンパ腫が発症し 手当ての甲斐なく7歳に成って間なしに虹の橋を
渡りました。
この時 Mさんと同じ決断をしたゴールデンの飼い主の彼女でした!
精一杯の命を全うさせるか、苦しい現状を少しでも早く楽にさせてあげるか
いずれを取っても 辛い決断は飼い主さんに任されます。

どれ程思いやった日々を過ごしていても 大抵は悔いを残すものとも思います。

毎日ベルの身体をさすり チョッと指に触るものが有ったら“ドキッ!”として
冷や汗が   そして、すぐさま医者に走るのは私も一緒です!

愛犬には どうか穏やかに年を取って欲しいと願うばかりです。







 

涙が、止まらなく、
でも、何か、コメントしたいと思い、PCに向かっていますが、

サマちゃんの様子や、Mさんの気持ち・・・
自分自身が、ワンコ達に思う事・・・・

何が、正しいくて、何が、間違いなのか分からないし、答えなど出て来るはずもなく

旨く、コメントできないけれど、

アップされている サマちゃんの笑顔が、幸せさを感じれますね。

Re: 読んでいると‥

わるっちまま様

7歳のゴールデンの飼い主さん、しかもそんな若さで、さぞかし辛かったと思います…。

サマの6歳で亡くなった兄弟犬を飼っていた方も、
今でも辛く、他の子を飼う気になれない、
というようなことを言っていました。

愛犬が亡くなるということは、どんなに長生きしようとも辛いことなのに、
サマのように、まだ数日でも生きる可能性がある上で、
それでも決めなければならなかったMさんや、
寿命と言うには若すぎる年齢で、別れがやってきてしまった飼い主さんの辛さは、
その状況に立ったことのない私には、計り知れないほどのものです。

「幸せな犬の~」の話をしていた獣医さんは、
私が、「犬の幸せってなんだろう?」と聞いたときに、
「犬にとっての幸せって、何かを与えられることではなく、
飼い主を心から信頼し、愛せることだと思う」
とも言っていました。

自分自身が愛されることが、犬にとっての幸せというのは、
言葉を話さない彼らを相手にしては、どうやったって自信を持てることではないですよね…。

だからこそ、亡くしたときに、どんなにかわいがっていても、
飼い主は悔やんだり、想像もしていなかったほどの悲しみを負うんだと思います。

でも、亡くした後に悲しむことも、
そこまで含めて彼らを思うことが、犬を飼うってことなんでしょうね…。







Re: タイトルなし

Tamaki様
コメント、ありがとうございますm(__)m

きっと誰にも、答えは分からないのだと思います。
私もサマのことがあって以来、ずっと考えてきましたが、
もし明日、自分の犬がこの状況になったとき、
Mさんのように、犬を思って決断することも、
犬の苦しみもすべて見届けて送ってあげようと、信念を持って連れて帰ることも、
どちらも、未だにできる自信がありません。

その時にならないと、自分がどうなるか想像できないです。

だからとりあえず、楽しそうにしている姿をたくさん見ることで、
幸せに思ってくれているのかな?と感じるしかないんですよね。

ホントに犬と生活するということは、
自分という人間を見つめ直させられることが多いなーと、
しみじみ思います。


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